中世の動乱期に勢力を誇った西石見の豪族益田氏が本契とした益田市には、益田氏城館跡の七尾城跡や三宅御土居跡をはじめとして数多くの中世の史跡・遺跡が残されています。さらに、全国屈指の文書群といわれる益田家文書は現在東京大学史料編纂所に所蔵され、平成12年から大日本古文書家分け文書として全七巻の予定で刊行が始まっています。


 このように益田は中世史研究の貴重な資料を豊富に持ちあわせた地減といえます。益田市は、平成元年に三宅御土居跡に計画された道路計画に伴う遺跡保存と建設促進の対立に直面しました力ヽこの解決策として国や県、研究者の協力を得て策定した「益田市歴史を生かしたまちづくり計画」を平成6年に市の方針として決定し、快適な現在の生活空間と歴史遺産が共存する中世文化の薫るまちづくりを目指すこととしました。

 以来、この計画に基づいて益田地区における歴史の道の整備が進められ、問題の発端となった道路も、全面調査を経て遺構を保護し、遺跡活用広場を併設して平成14年3月に完成しました。さらに、この路線上に位置する中世城下町の遺構といわれる暁音寺鍵曲がりも保全され、道路全線が歴史の道“七尾城通り"として整備され、広く市民に親しまれています。
そして現在、益田市教育委員会では、歴史を活かしたまちづくりの中核として将来的に整備復元を予定している益田氏滅館跡の国指定を目指して取り組みを進めています。本書は平成10年度以来実施してきました市内遺跡発掘調査のうち、益田氏関連追跡についての成果の概要をまとめたものです。この報告書が文rLM保護に対する理解を深め、さらに中世益田の研究の一助となれば幸いに思います。調査にあたってご指導とご助言をいただいた島根県教育委員会、永原慶二先生をはじめとする調査指導の各先と方、さらに調査に協力していただいた土地所有者の方々、地域の皆様に深く感謝申し上げて、刊行のごあいさつといたします。

平成15年3月 益田市教育委員会教育長 陶山勝氏